潜水医学に関する私的ホームページ開設の試み
−1999年2月〜2001年12月の反響−
日本高気圧環境医学会雑誌. 2003;38(1):9-14.
【要約】
潜水医学に関するホームページを私的に開設し、1999年2月〜2001年12月の間のアクセス数及び送られてきたメールから以下の所見を得た。2001年12月末までのアクセス数は40365、毎月のそれは初期を除いて1000から2000の間を推移し、夏期に多い傾向にあった。メール総数は202通(5.8通/月)、メールの目的は知識の増進、症状の問い合わせ、適性の質問の順でほぼ1/4ずつを占めた。メールの主題は減圧、耳鼻、及び呼吸に関するものがこの順で比較的多く認められた。メールを送った人の男女比は全体では約2:1、20才代ではほぼ同数であり、地域分布を見ると大都市を有する都府県からのものが多く関東地方が過半数を占めた。同じく職業は潜水関係者が28名ともっとも多く、次いで衛生関係者が25名を数えた。
【緒言】
近年レジャー潜水が盛んになるに伴って、潜水に起因した傷病への対応や潜るための健康診断等、潜水医学に関連した知識が一般社会でも求められることが多くなってきた。しかるに、潜水医学は極めてマイナーな領域の活動であるところからか、その知識が広く行き渡っているとは言えず、またそのレベルも充分ではない懼れがある。
一方、最近のインターネットの普及は瞠目すべきもので、利用者の数は飛躍的に増加している。インターネットの特徴の一つとして、従来はアクセスが限られていた専門的な情報にそれを専門としない一般の人々も容易に手が届くようになったことが挙げられる。潜水医学の知識はその種の情報の典型的なものと言ってもよい。
そこで、本邦における潜水医学に関する需要の一端を把握すべく、1999年2月1日、潜水医学に関するホームページを私的に開設したので、開設から2001年12月までの期間内(以下、期間内とする)におけるアクセス状況及び送られてきたメールの概要を記し、若干の考察を加える。
なお、減圧障害(減圧症及び空気塞栓症)など減圧に関連した事象は潜水医学の代表的かつ特異的分野であるところから、それに関するメールを分析することは取りも直さずわが国の潜水医学のレベルの幾何かを反映するものと考えられるが、別途記述した方がわかりやすいので、別稿1)に記すことにする。
【ホームページの概要】
ホームページはプロバイダーso-netの提供するサーバ上に1999年2月1日開設されたもので、名称は「もぐりのドクターの潜水医学入門」(以下「潜水医学入門」とする)、URLは http://www03.u-page.so-net.ne.jp/qa2/ikeda-dv/(2002年9月以降はhttp://www004.upp.so-net.ne.jp/diving/ に変更)、容量はおよそ1〜2メガバイトである(図1)。ホームページの内容は図1に示すごとく、環境の影響、用語解説、症状と診断、書籍案内、更新ノート、話題、情報、論文、ニュース、リンク、メール、さらにエッセイとしての息抜きや独り言の欄も設けているが、掲示板は備えていない(図1は省略)。代表的手動検索エンジンであるYahooに同年5月初旬採録されたのをはじめ、開設以来2-3ヶ月でほとんどの検索エンジンに登録され、「潜水医学」をキーワードとして検索すると最初に検出されるようになっている。
【アクセス状況】
アクセス数の把握は「潜水医学入門」の表紙に張り付けたso-net提供のカウンターによった。「潜水医学入門」には姉妹ページとして「もぐりのドクター江田島夢日記」と称するページが存在するが、「潜水医学入門」との間には別のカウンターを備えたページを設け、姉妹ページからはそこを経由しないと「潜水医学入門」へアクセス出来ないようにし、また、ホームページ管理者(筆者)が「潜水医学入門」にアクセスした場合も必ずそのカウンターを張り付けたページにアクセスするようにした。そして「潜水医学入門」のカウンターに示す数から両ページ間のカウンターに示す数を差し引くことによって、部外から「潜水医学入門」を求めて直接アクセスした数をできるだけ正確に把握するようにした(カウンターは管理者のアクセスを他のアクセスと区別することが出来ない)。なお、so-net提供のカウンターは、ネットスケープナビゲータを使用した場合には時間を置かずに複数回アクセスしてもカウンター数は増えないのに対し、インターネットエクスプローラでアクセスした場合にはアクセスの都度カウンター数が増えるという制約がある。
このようにして得られた期間内の月ごとのアクセス数は図2に示すごとくに開設初期を除きほぼ1000から2000の間を推移し、全体として増加傾向にあり、夏期に多くなっている。
【メールの到着状況】
期間内に到着したメールの到着数は総計202通で、月平均5.8通であった。図3に示すごとく、月ごとのメールの到着数はアクセス数と同様夏期に多い傾向を示すが、7月及び8月の到着数が少ない年もあり、アクセス数ほど季節とは密接に関連していなかった。
【メールの地域分布】
送られてきたメールの地域分布を表1及び図4に示す。ここに示すように、メールは東京、神奈川、千葉、大阪、愛知等、いわゆる大都市を含む都府県に多く、関東地方が過半数を占めている。逆に四国からのメールは1通である。
海外からは、エジプト、米国本土、台湾、ニューカレドニア、マレーシア、オーストラリア、フィリピンからそれぞれ1通、計7通で、6名は日本人、1名は日本語を解する外国人であった。
【メールを送った人の職業】
職業名の記載のあった140通中、主な職業は延べ人数として頻度順にショップ経営者あるいはインストラクター(パートタイムのインストラクターは除く)28名、介護職を含む衛生関係者25名(うち医師が12名)、会社員13名、大学生11名、主婦9名、海上保安官5名、マスコミ関係者5名、アルバイト5名、教員4名らを挙げることができる。一次産業に従事している人は認められなかった。
【メールの男女別、年齢別分布】
送られてきたメールの男女別の割合は図5に示すごとく、男性が約2/3、女性が約1/3を占めた。年齢では図6に示すように30才と20才代がもっとも多く、両者で8割近くを占めた。しかし、男女別に年齢分布を見ると(図7及び図8)、性別によってその分布が大きく異なってくるのがわかる。すなわち、男性では30才代がほぼ半数を占めるのに対し、女性では20才代がもっとも多くの46%、次いで30才代が41%を占めていた。逆に50才以上をみると、男性では8%を占めるのに対し、女性では1%を占めるに過ぎなかった。また、年齢層別に男女の割合をみると、図9に示すとおりで、20才代では女性が過半数を占めた。
【メールの目的】
メールを送った目的ないし動機をみると、図10に示すように、知識の増進を目指したものと症状の問い合わせがそれぞれ28%、潜ってよいか否かなど適性の問い合わせが23%と、この三者が全体の79%を占めた。そのほかには、このホームページへの激励が10%、異常事態が起こった場合の対応を尋ねるもの8%が主な目的であった。
【メールの主題別分布】
送られてきたメールの主題から見た分布は図11に示すとおりで、減圧に関するもの20%、耳鼻関係のもの16%、呼吸器に関するもの13%が主な主題であった。
減圧に関連して送られてきたメールは総数45通あり、自身あるいは知り合いの症状に関する問い合わせがちょうど2/3の30通、残りの15通は減圧症の発症機序や分類、減圧表の信頼性、気泡の動態、酸素の役割など、知識の増進を求めるものであった。
耳鼻科領域に関するメールは総計36通でその内訳は図12に示したとおりである。耳抜きに関するメールが最も多く、11通あった。
呼吸器領域に関するメールは総計29通あり、喘息と気胸に関する質問の合計は過半数を超える15通あった(図13)。
【考察】
以上の結果を考察するに当たっては、次のような問題があることをまず認識しておかねばならない。
いくらインターネットの普及が目覚ましいとは言え、全ての人がインターネットを活用しているわけではなく、インターネットを活用している人はそうでない人に比べて、教育程度などで何らかの異なった特徴を有しているのではなかろうか。カウンターに表示されるアクセス数もアクセスしている人が用いているコンピュータ関連のハードウェアソフトウェアによって大きく異なってくる。また、送られてくるメール内容もこのホームページの内容によって大きく影響されてくる。たとえば、ホームページ上に妊娠と潜水についての記述がなかったころに比べて、それを記載してからは妊娠に関するメール数が格段に少なくなっている可能性がある。
このように、ホームページを介しての情報には大きな偏りとあいまいさがあることは否定できないが、それでもなお先に挙げたインターネットの利点を考慮すれば、そこに何らかの意味があるとみなしてもよいだろう。
そのような限界をわきまえた上で結果を見ていくと、アクセスが夏期に多く年とともに増える傾向にある、と言った常識的な姿がまず現れてくる。メールの発信が大都市を有する都府県からのものが多い、というのも当然予測されるが、それでも、関東地方からの発信が全体の過半数を超える結果からは、ダイビングとインターネット双方における東京神奈川を中心とした活動の強さをあらためて印象づけられる。
メールを送ってきた人の職業分布は特異的である。その第一はダイビングショップの経営者や専業インストラクターからのメールが多いことである。パートタイムのインストラクターを加えれば、その数はさらに大きくなる。彼らが切実に情報を求めていることの反映ではないかと思う。二番目は衛生関係者が多いことだ。特に医師からのメールが12通もあることは、通常の職業分布からは大きく外れているものと思われ、潜水医学の情報が一般の医師の手近にないこと及びダイバーから医師への質問の多いことの間接的な証左ではないだろうか。
ダイビングにおいてとくに若い女性の活動が盛んなこともよくわかる。メールの発信数が20才代では女性からの方が男性のそれよりも多かったことは、その反映なのであろう。しかし逆に、女性は年を重ねるに従って急速にダイビングから足が遠ざかっているのではないか、とも推測される。この傾向が将来も続くのか、あるいはまた将来は高年の女性の活動も増加していくのか、今後の推移が興味深いところである。
メール内容からは症状と適性に関するもので合計50%を超えたが、これは一般のダイバーが自らの健康状態に関心が深いにも拘わらず、満足できる情報に接しにくい現状を示唆しているのかもしれない。意外だったのが、耳鼻科領域に関するメールが少なかったことである。一般の潜水においては耳鼻関係の異常や訴えをするものが圧倒的に多いとされるのに、頻度として問題になることの少ない減圧に関するメールの方が耳鼻関係のものより多かった。もっともこれは、耳鼻科専門医の同種ホームページが別に開設されていることが関係している可能性がある。呼吸器に関しては、予想どおり喘息と気胸に関するものが多かった。いずれも、日常生活ではでは特に異常を認めず生活することが可能な疾患だけに、潜ってよいかどうか、ダイバーや医師が判断に迷っている現状を反映しているのであろう。減圧に関しては最初に述べたとおり別稿1)で触れる。
手前味噌の感があるが、筆者自身の率直な感想として、このホームページも少しは役に立ったのではないか、と思っていることを最後に記しておきたい。とくに海外のように日本語による潜水医学の情報がほぼ皆無な場所はもとより、国内でも潜水に関連した医学情報が少ない地域ではそれなりに有用であったのではなかろうか。もっとも、そのように言い切るためには、ホームページ上のとくに医学面に関する記述や対応が、完璧とは言えないにせよ概ね妥当であることが前提である。管理者の知識能力の限界をわきまえた上であくまで謙虚に対応していかなければ、逆に有害無益となるであろうことを自戒としておきたい。
【結語】
潜水医学に関するホームページを私的に開設し、そこへのアクセス数及び送られてきたメールからホームページへの反響を概観した。
〔引用文献〕
1. 池田知純:潜水医学に関する私的ホームページへのメールから垣間見えた減圧障害に対する本邦の医療水準.日本高気圧環境医学会雑誌.2003;38(1):23-25.
図2 ホームページへの毎月アクセス数.図中の■は7月と8月の数を示す. | 図3 ホームページへの毎月メール数.図中の■は7月と8月の数を示す. |
図4 送られてきたメールの地域分布 | 図5 メールを送った人の男女割合 |
図6 メールを送った人の全体の年齢分布 |
図7 メールを送った人の男性における年齢分布 |
図8 メールを送った人の女性における年齢分布 | 図9 メールを送った人の年代別男女分布 |
図10 メールを送った動機 | 図11 メールの主題別割合 |
図12 耳鼻科領域に関する主題別メール数 | 図13 呼吸器に関する主題別メール数 |
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